上田翁は大変な粋人で毎月3度お茶会を催していました。
また、私が訪ねますと茶道具の箱を山積みにして箱書きをされていました。私が何をしてますのと尋ねますと「小遣い稼ぎ」と笑いながら。
かなりその世界では有名な茶人の方だったようです。
京都国立博物館の中にある茶室も、上田翁が若かりし頃寄付された物とか。とにかく優しい良いお爺さんでした。
私にとても親切で色々な所に連れて行って下さいました。
ふーん、世の中にはこんな方が居られるんだ。と感心したものです。
夏の暑い頃、祇園祭の頃でしたか?
上田さんから電話で「古田さんが来るので一緒に飲もう」とのお誘い。
野仏庵に行きますと古田先生は先にみえて居られました。
上田さんが「今日はイノシカチョウを用意したので」と母屋に。
古田先生が「失礼ですが慈敬さんは上田さんと、どの様なお知り合いで」と。
私「叡山学院で同級生です。何故かとても良くして頂くんです」と。
すると古田先生が上田さんとの出会いを話して下さいました。
「私が学生の頃、師匠を訪ねて来られました。先生はどちらに居られますか?」古田先生が「此方です」と先生の所にご案内。それから数時間、上田さんが帰りがけに「先ほどは有り難う御座いました。お小僧さん寒いでしょう、失礼ですが此を学校に行かれる時にでも着て下さい。」とご自分が着て居られた、おろし立てのコートを着せてくれたのだそうです。古田先生は断ったのだそうですが、「着古した物で申し訳ないですが、寒いでしょうから」あまりにも仰るので頂いたそうです。
上田さんが帰られコートのポケットを見ると中に現金が入っていたので
驚かれ、上田さんに連絡をされると「お小遣いです、先ほどのお礼です」と仰ったそうです。古田先生は、金額につき具体的に、お話をされませんでしたが、かなりのお金であったようです。
そのコートを着て学校に行くと友達が「古田、お前すごいコートを着ているな」と「それバーバーリだぞ」。と私のバカラと同じですね。
爾来、親しくさせて頂いているんです。とのことでした。
上田さんは人見知りなんだけど、気に入ると長いですよ。と私に。
先日岐阜県山県市にある「古田紹欽記念館」の茶室・庭園の設えをみて、「野仏庵」や上田さんの趣味をと感じました。
お二人とも「縁」を大切にされたお方でした。