昨日は大阪での月に一度の懇話会でした。車窓に見える山桜を見ていて、老僧を懐かしく思い出しました。老僧は「南楽」との号で高濱虚子先生の主催された「ホトトギス」の同人でした。
『叡山百句』風流懺法との本を、小僧成り立ての頃、35年以上前に老僧にお借りして読んだのですが、「ふーん、あの高濱虚子先生とお知り合いだったんだ。」で比叡山横河、元三大師堂にお参りの時に『虚子塔』に行かれるんだくらいの事でした。
老僧から『叡山百句』をお借りした時に、「この本には大老僧の事が載ってるんだよ、老僧は耳が動いたんだが、虚子さんがこの中に書いておられる。良ければ読んでみるかな」とお貸しいただいた。
私「老僧、私も左だけですが耳が動くんですよ。」と動かしてみますと、老僧が「お~動くな、ヒョットすると偉い坊さんになるかもしれんな~」と笑って仰いました。
この本は中々の貴重本のようで、時間があると古本屋さんを探すのですが見つかりませんでした。ところが先日、全くの偶然か縁が熟したのか、手元にする事が出来ました。
「磬の音 一下又一下 苔の花」ありました、随分と懐かしい。老僧らしい句かと思います。豪放磊落なようで、繊細な優しさあふれる句かと。(老僧がホ~、慈敬がわしの句を講釈するか~、偉くなったもんだな~と言っておられるような気がいたします。申し訳ありません。)
その中に以前は何も思わなかったのですが、こんな一文がありました。
虚子先生が大老僧の頭に籐枕の痕がついているのを見られ、「寝返りもなさらず片側ばかり下にしていらしたからでしょう」と仰ると
大老僧が「寝返りは平常からあまりしません。戒律に頭北面西右脇臥という事がやかましくいうてあるが、頭北面西は間取りでの都合などで厳密にはいかぬにしても、僧は大概右脇臥という事だけは守っておる。殊に仰臥は非常に嫌うので、仰向けに寝ると淫心を起こすともいうし、淫を鬻ぐものは仰臥するともいうし、かたがたそれは避けなければいけない事になって居る。其の理由は兎も角、出家が大の字になって寝るのはあまりに見つとも無いものでな」(多少、現代風に私訳)とお答えになっている一文です。
昔のお坊さんは立派でした。もちろん大老僧は肉食妻帯をしていません。本当は僧侶として当たり前の事ですが。己を振り返り、反省しきりな愚僧でした。
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山桜と愚僧
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